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2012年4月27日金曜日

1回目のスクリーニング

TAK700の治験に参加するためには、そのための条件を満たしている必要がある。
この日は、その条件に合致しているかを検査するために、隣県のC大学病院へ車で出かける。
病院から指定のあった時間、朝8:30に病院に到着する。
最近ずっと夜は満足に眠れないため、朝早い時間は余裕であり、全然構わないのである。
病院に着くと、すぐに治験センターを訪れ、私を担当してくれるCRC(治験コーディネーター)の方と会う。

電話で声は聞いていたが、対面するのは初めてである。
今後のことをお願いし、治験で疑問に思っている点や、不明な点を質問する。
それから、同意書についての説明を受け、同意書にサインをする。

この日の検査は、採血・ECG(心電図)を行った後、診察を受けて終了となった。
それでも、時間は午後1時を過ぎていた。

車に乗っている時間は1時間程度であるが、帰宅すると、さすがに疲れが出て、すぐに横になり、しばらく休む。

治験が開始されると最低月1回は、出かけないといけないのであるが、まだこれぐらいの距離であることに感謝しないといけないのかもしれない。


2012年4月17日火曜日

外食


この日は無性に友人と会いたくなったので、連絡を取り、とある店で待ち合わせをした。
その店には、すでに何度か訪れたことがあった。
日本料理の店ではあるが、ご主人の素材に対するちょっとした創作ごころが、心地よく、また美味なのである。

深酒はできないが、ビールで始まり、焼酎の水割りを注文した。
本当に久しぶりのお酒である。

私は、ほとんど外出していないので他の友人の近況とか、最近の周りの出来事などの話に花が咲く。
私の場合、がんの完治は無理であるが、今日のような状態で永く付き合っていけたらというのが、偽らざる願望である。

店を出る際に別の友人から連絡があり、別の店で待ち合わせることになった。
そこは行きつけのバーである。
もっとも病気になってからは、あまり顔を出せていないのであるが・・・。

しばらくすると、その友人も加わり久しぶりの乾杯を行う。
ちなみに、この友人二人には私の病気のことは知ってもらっている。
昔このような状況になれば、必ず午前様になっていたものであるが、今は無理である。
この日は本当に楽しい時間を過ごさせてもらい、11時には帰宅したのであった。

たいした量は呑んでいなかったが、やはり翌朝はきつかった。だるさというか、脱力感に支配される。この日は、一日ほぼ寝たきり状態であった。
今後、こうしたささやかな楽しみも持てなくなってしまうのかと思うと、さびしい気持ちになった。


2012年3月26日月曜日

治験後の治療について


主治医に、これからの治療について説明を受ける。

1.オダイン(ホルモン剤)
2.エストラサイト(軽い抗がん剤)+バイアスピリンの併用
3.UFT(抗がん剤)
4.タキソテール(抗がん剤)

上記の順に薬を使っていくということであった。また、骨に対する緩和療法として放射線治療も併せて行うという。
標準の治療方針であり、通常はこの流れで、効果がないと次々と薬を変えていくのである。
本来は、この治療方針に従うべきであろう。しかし、私見ではあるが、私の場合には既存の治療薬では効きそうな気がしないし、タキソテールの副作用などについて聞くと非常に否定的に考えてしまうのである。

私は、この日までにネットを利用して新たな治験を見つけていた。主治医に相談すると可能性はあるということで、この治験にエントリすることを決断した。
隣県のC大学病院で行われている治験で、TAK700の第Ⅲ相二重盲検試験である。
後日、主治医には紹介状を書いていただき、CRCの方には先方のC大学病院と事前の調整を行っていただくなど非常にご尽力いただき、何とかエントリ可能となったのであった。


2012年2月1日水曜日

買い物

元の暖をとるために、温風ファンヒーターが必要となった。
近所の大型家電店に出向き、該当製品の売り場に行くが、なかなか決められず店員にいろいろと説明してもらう。
最近の温風ファンヒーターには、加湿機能が付いており、加湿フィルターの掃除が必要であり、フィルターの寿命は約3年程度であるとのこと。
3年先と聞いて、非常にさびしい気持ちになったものである。3年後は果たしてどうなっているのだろうか。

病気になって初めて感じたことである、先ず健常な人間はこんなことは思わないのであろうが、あと何年といった言葉に非常に敏感になっている自分がいる。
自分の余命も分からないのに、何につけても先の見通しを聞くのは辛いことである。

さて、こんな感受性もいつまで続くことやら。

2012年1月30日月曜日

治験開始


治験開始日当日、期待と不安を抱いて病院に行く。先ず、体温・血圧等の計測を行う。
治験開始日当日130日のPSA386にもなっていたが、新薬であることを祈って薬を服用する。
これ以降はMDV3100を、家で14錠時間を決めて毎日服用することになる。
次に薬をもらうために病院へ行くのは、約1カ月後である。

薬が偽薬かどうか見極めたいと思うのが、人情である。
そのために、治験開始より2週間後に、個人的にPSAの検査を行ってもらうことにしていた。
216日に検査を行うと、PSA の値は30まで下がっていたのであった。CRCの方も驚いていたのだが、プラセボでなく治験薬に間違いなかった。
この頃は、4Kmのウォーキングを週に34回行い、食欲もあり、たまには呑みに出かけたり、普通の生活ができ、非常に元気であった時期である。

しかし、このような幸せな生活は長く続かないものである。治験開始より2カ月後にはPSAの値は再び上昇を始め、90になってしまった。
辛いが、治験薬をあきらめるしかなく、326日に治験を中止したのである。
治験薬はいつかは効果がなくなることは分かっていたつもりであったが、こんなに早く効果がなくなるとは。
本音を言うと、1年ぐらいは効果が持続してほしかったのであるが・・・。

誰を恨むわけでもないが、私のがんはなんとたちの悪いがんなのであろうか。しかも細胞レベルで、ますます凶暴化しているのだろうか。

主治医に今後の治療方法について、説明を受けることになった。
それまでに、ネットなどを利用して自分でも治療方法について、今以上に理解しておくことにする。


2011年12月26日月曜日

治験前


早々にB大学病院で診察を受ける。
私の場合、現在病院で行っているMDV3100(新薬)の治験に参加することが可能であり、エントリしてはどうかとのことであった。
患者側からすると、新薬を使用できるのことに異論はない。ただし、プラセボといって偽薬に当たる可能性も50%の確率であるので、完全に安全・安心ということではない。
ギャンブルではあるが、これに賭けてみようと思った。

早速、同意書を提出するが、すぐに治験を始められるものではない。
前回使っていた薬を止めてから、1カ月以上の期間をおかないといけないし、スクリーニングといった検査があり、その結果でふるいにかけられ、条件を満たさないと治験には参加できない。結構ハードルが高いのである。
 
条件面で行き違いもあったが、何とかクリアし、2012130日から治験を開始することが決まった。
ただ、この間は治療ができないので、PSAは上がりっぱなしで治験開始前には400近くに上昇してしまった。
当然体調も良くない。特に、骨痛がひどくボルタレンで痛みを抑えることぐらいしかできない。
しかし、治験に賭けてみようとするモチベーションは高く、何とか耐えたのであった。

自分でも不思議であるが、治験依存症、新薬至上主義に陥ったのかもしれない。


2011年11月20日日曜日

イベントに集う


最後の人生の過ごし方と銘打った割には、いままで病気のことばかりで自分の楽しみについては話してこなかった。

この日は、友人が企画したイベント、あまり詳しくは紹介しないが、ライブ、DJ、ダンスもあり、久しぶりに非常に楽しくお酒も呑んだ。

また普段なかなか会えない友人たちの顔も見えるし、ちょっとした元気ももらったのであった。

ただし、次の日はいけない。飲酒量に比べて、無茶苦茶に体調が悪い。病気なのだから、元気な時みたいにはいかないか・・・。つらいが、しょうがない。

でも、またこういう機会があれば、飲酒量をもっと減らしてみようと思う。
たとえ病気でも、こうした楽しいイベントなどには、できるだけ長い間参加したいものなのである。